中小企業にとって、M&Aは事業拡大にとても有効な手段です。M&Aを活用している中小企業も増えてきました。しかし、基本原則を押さえないままM&Aをすると残念な結果になる事が多いものです。
企業がM&Aを考えるときに知らなくてはいけないことや注意点は多くありますが、今日はまずは押さえるべき原則について書いてみたいと思います。言い換えれば、最低これらの要素を考慮することで、中小企業のM&Aは、それほど大きく外さないだろうということです。
中小企業のM&Aを成功裡に終わらせるために次の4つのフェーズに分けて考えていきましょう。
①まずは、M&Aを行なう前の日頃の経営の話です。
自社の経営において、会社の目的、目標、理念、経営方針などが整備されていますでしょうか。
目的は、意図/存在意義/ミッション/志
目標は、ゴール/ビジョン/強い想い
理念は、行動指針/コアバリュー/信条/価値観
経営方針は、戦略
と言い換えることができます。ご自身でしっくりする言葉を選びましょう。
中小企業において、これらの要素を経営者自らしっかり経営計画などに落とし込めている会社はそれほど多くありません(実感としては、中小企業の10%位です)。M&Aをやりたいという前に自社が何を志向していて、どんな商品で売上を上げたいか、どういう組織を維持したいか等の考え方を明確に持っておくが重要です。自分の船がどこに向かうかをステークホルダーに説明できないような経営者が他の会社のマネジメントなどできるわけがないのです。
②次にM&Aの相手先を選定する前にしておくべきことです。
どんな事業を購入するか自社のM&A戦略の方向性をある程度決めておきましょう。
M&Aによって、どのように自社の領域を増やしていくのかです。既存商品あるいは既存顧客ゾーンの深掘りでしょうか、新規商品開発でしょうか、新規顧客ゾーンの開拓でしょうか、あるいはその両方でしょうか。水平展開でしょうか、川上あるいは川下などへの垂直統合でしょうか。M&Aを行うことによって、①にどのように貢献していくのかあるいは貢献しないのか、ということを分析しておきましょう。そして、それを仲介会社やファイナンシャルアドバイザリー会社に伝えて、活動していただきましょう。
次にM&A後の売り手企業についてどのようなふるまいが起きてそれに対してどのような対応の方法があるのか、をあらかじめイメージトレーニングしておきましょう。思い通りの現実になることはまずないと考え、バックアッププランまで考えてシミュレーションしておきましょう。想定外事象の数を下げておく。備えあれば憂いなしです(言い換えれば想定外は常に起きます)。
付言しておきますと方向性を決める際にM&Aの相乗効果(シナジー)を織り込みましょうとおっしゃる方がいらっしゃいます。M&A後、増える顧客に対して売上をより上げられるもしくは重複するコストを削減するなどといったことです。これらについてあまりおめでたいシナリオは描かないことです。対象事業を外から見ているだけで、プラスの想定を数字に織り込むことは時機尚早に思います。仮にシナジーが全くなかったとして、この事業の価値を上げていくには?という観点で進めていきましょう(シナジーというのは狙って得られたというより、結果としてシナジーがあったというような状況の言葉と思っています)。
③そしてM&A実行時に考慮しなければいけないことです。
M&Aでは、相手先のトップの方との面談を早めに行います。そしてお互いが話を前進したいとなったら、買い手側はデューデリジェンスを行います。デューデリジェンスというのは、買い手企業が実施する売り手企業の調査のことです。それには、外部の専門家を活用します。弁護士、社会保険労務士、司法書士、税理士、不動産鑑定士などです。会社にはすでにお付き合いのある専門家もいらっしゃるかと思いますがデューデリジェンスのメンバー選定時には、現在お付き合いしている専門家を活用しようという前提に立たないことです。通常業務に強い専門家とM&Aを得意とする専門家は、全く違うものだと認識してください。日頃、血液検査をしてアドバイスをしてもらっている近所の医院に脳外科手術は依頼しないと思います。これらは全く違う世界なのです。
ではなぜ、旧知の専門家に頼むのか。大きい理由の一つが調査にお支払いする報酬額を抑えようとするからです。M&Aを専門とする外部の専門家は、総じて高額報酬を払うことになります。買い手経営者は、なんとか買い値を下げたいと思うでしょう。しかし、それをケチって専門家の知識不足から発生するミスは、あとあと高くつくものになってしまいます。M&Aに強い専門家に頼みましょう。個別に専門家をご存じない場合は、M&Aの仲介会社やファイナンシャルアドバイザリー会社に相談しましょう。彼らは専門家をよく知っていて、専門家間の調整もしてくれます。
上記のほかに、M&Aの進捗管理を慣れない経理部長などに任せることにも注意が必要です。通常のオペレーションをやっている社内人材にこのように極めて特殊で再現性がなくてカバーする領域が広いイベントを任せてはいけません。経験不足は否めません。経営者自らが直接仲介会社等と相談しながら、社内のとりまとめの陣頭指揮を執る覚悟を決めて下さい。人に任せて後悔するよりは、自身でやって失敗したら反省してください。
デューデリジェンス時に気を付けるべきことがもう一つあります。それは、デューデリジェンスは、限られた時間の中ですべてのリスクを抽出できないと腹をくくることです。もとよりデューデリジェンスは、M&Aの成否を決める重要なプロセスですから丁寧な対応をするものです。しかし時間に限りがあるので、売り手と買い手の間に一定の情報非対称性は残るものなのです。デューデリジェンスを実施しても不安材料が残る場合、それらとどう付き合っていくかという考え方に切り替えてください。リスク怖い怖いという思いが離れないのであればM&Aはおやめになった方がよいです。
④最後にM&A後の対処方法についてです。
よくPMI(ポストマージャ―インテグレーション)と言われ、M&A実施後に買い手企業が売り手企業との間で経営統合(理念・戦略の統合)、業務統合(業務・組織の統合)、意識統合(企業風土や文化の統合)等を行なおうとするものです。しかし、中小企業の場合は、統合(インテグレーション)ありきで考えないようにしましょう。買い手企業の中には、購入後すぐに売り手企業を都合のいいようにいじる傾向があります。購入後100日以内に統合などと言われることもありますが、それは業者の都合です。そもそもPMIは業者の仕事ではありません。経営者が主体的に行うものです。デューデリジェンスをしても購入前では売り手企業の人材、企業風土などの全体を把握することを難しいものです。購入後、まずは観察すること、状況を把握することです。バイアスをかけないでニュートラルな気持ちで観察することに徹しましょう。慌てて効率化などを推進するとかえって事業や組織のいいところを棄損する場合があります。観察の後、ある程度将来の景色が見えてきてから方針策定でも遅くありません。購入したその事業を変えずにあえてそのまま活かすことがあってもいいのです。ただし、積極的に観察するのであって、放置する(何もしない)ということではありませんので付言しておきます。
M&Aを結婚になぞらえる方もいらっしゃいます。名字(株主)が変わっただけなのに、相手から急にあれしろこれしろと指図されて、相手の都合ばかり主張されたら気にいらないですよね。これから新しい生活を共に作っていくという取組姿勢がなければ、名字が変わったほうはなかなか能動的に動いてくれないということはお分かりですよね。
以上4つのフェーズに分けて押さえるべき原則を書きました。まずは、これらの考え方に則って各フェーズの各論に落とし込んでいくと大きくぶれることはないように思います。特に中小企業は、人材不足のためM&Aをしようとしても各フェーズの実行レベルが低くなりがちですがスタッフや外部の専門家に丸投げしないで、経営者が主体的にかかわっていくことが重要です。中小企業にとってのM&Aというのは、経営者(株主)の仕事なのです。